翻訳と辞書
Words near each other
・ 第123師団 (日本軍)
・ 第123次IOC総会
・ 第124師団 (日本軍)
・ 第125師団 (日本軍)
・ 第125次IOC総会
・ 第126師団 (日本軍)
・ 第126歩兵連隊 (フランス軍)
・ 第127師団
・ 第127師団 (日本軍)
・ 第127機械化師団 (人民解放軍陸軍)
第128師団 (日本軍)
・ 第128次IOC総会
・ 第129師団 (日本軍)
・ 第12F海軍航空隊
・ 第12SS装甲師団
・ 第12SS装甲師団 ヒトラーユーゲント
・ 第12S飛行中隊
・ 第12「グアダラマ」機甲歩兵旅団
・ 第12代総選挙 (大韓民国)
・ 第12偵察隊


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

第128師団 (日本軍) : ウィキペディア日本語版
第128師団 (日本軍)[だいひゃくにじゅうはちしだん]

第128師団(だいひゃくにじゅうはちしだん)は、大日本帝国陸軍師団の一つ。
== 沿革 ==
太平洋戦争末期、多くの師団が満州から南方などに転用されたことに伴い、満州防衛強化を目的として1945年(昭和20年)1月16日に軍令陸甲下令により、第121第122第123第124第125第126第127・第128師団の8個師団の編成が発令された。
第128師団は、朝鮮半島へ転出した第120師団の残留者を基幹に、第1国境守備隊、第2国境守備隊、第11国境守備隊の一部を加えて編成され、4月10日に牡丹江省で編成を完了し第3軍に編入された。その後、独立混成第132旅団が指揮下に入り、第128師団主力は羅子溝付近に所在し、ソ連対日参戦を迎えた。
1945年8月13日から14日にかけて、ソ連軍は羅子溝の陣地に猛攻撃を加えた。第128師団は支えきれず羅子溝西方の樺皮旬子の陣地に後退し、その地で停戦となった。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「第128師団 (日本軍)」の詳細全文を読む



スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.